今ここで

http://friendfeed.com/ozero
http://iddy.jp/profile/rgfx
Oct 29
Permalink

常識的に考えれば、排外主義のベースにはナショナリズムがある。

ホント、はてサには困ったなと思うのは、このナショナリズム自体は肯定していること。「日本人の責任」「朝鮮人になりたい」等々の形で、ナショナリズム自体は留保なく肯定されてしまっている。

しかも、「よい暴力」という形で、暴力の主観的正当化までしている。

(…)

中国共産党の支配がゆるむにつれ、新疆でおきたようなボスニアのアジア版は、極東全域で激しくなるだろう。チェチェンでおきていることが、こっちでも起きるようになる。当然、日本の一部での「排外主義」的思考も、今後もっと激しくなるだろう。そのとき、ナショナリズムをベースにして、まともに対処できるとは到底思えない。